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仙台高等裁判所 昭和46年(ネ)358号 判決 1973年1月24日

控訴人

寺田徳治

右訴訟代理人

稲村良平

被控訴人

丸原木材株式会社

右代表者

管原広

右訴訟代理人

逸見惣作

主文

一、原判決を次のとおり変更する。

(一)  被控訴人に対し二一万円およびこれに対する昭和四五年五月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  控訴人のその余の請求を棄却する。

二、訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その二を控訴人、その余を被控訴人の各負担とする。

三、この判決は、控訴人勝訴部分に限り、七万円の担保を供するときは、かりに執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、六二万八、〇〇〇円およびこれに対する昭和四五年五月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴人代理人は、控訴棄却の判決および仮執行免脱の宣言を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、次に付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(控訴人の主張)

一、訴外菅原広文が被控訴会社のため控訴人に対してなした本件土地建物の買受方斡旋の依頼は、仲介契約における申込の誘引にとどまるものではなく、仲介契約における申込そのものである。そして右申込に応じた控訴人が菅原広文を本件現場に案内したという事実は、既に仲介契約が成立したことを前提とする右契約の実行にほかならない。

本件において被控訴会社の専務取締役である菅原広平は、同常務取締役菅原広文が控訴人から本件土地建物の紹介(現場案内)を受けたことを知りながら、訴外猪股勲(第一宅建株式会社代表者)にひそかにこれを示し、同人と相通じて本件売買契約を成立させたものである。従つて被控訴会社はあえて控訴人を排除して右売買契約を成立させたことになる。

右によれば、控訴人の右仲介活動と右売買契約成立との間に因果関係が存在することはもちろん、被控訴会社はことさらに報酬請求権発生の条件の成就を妨げたものであるから、控訴人は、民法一三〇条により条件が成就したものとみなし得べきである。

二、本件においては未だ報酬契約は成立していなかつたけれども、商人たる控訴人が前記一の如き斡旋活動を行つている以上、商法五一二条による報酬請求権を取得したものというべきである。

(被控訴人の主張)

一、控訴人の前記主張事実のうち、菅原広文が控訴人から本件現場の案内を受けたこと、本件においては報酬契約が未だ成立していなかつたこと、控訴人が商人であることは認めるが、その余の事実は否認する。

二、菅原広文は被控訴会社のために控訴人に対し本件土地建物につき買受仲介を受託したことはない。右広文は控訴人の現場案内によりはじめて本件土地建物の存在することを知つたのであるから、それ以前に本件土地建物につき仲介契約が成立するいわれはないし、また現場案内を受けたとしても被控訴会社において取捨選択の自由を有するのであるから、その段階で仲介契約が成立したとみることもできない。控訴人の現場案内は本件土地建物につき仲介契約の申込の誘引とみるべきものである。

理由

一、控訴人が昭和四四年四月八日宮城県知事から免許を受けた宅地建物取引業者であること、訴外菅原広文(以下広文という。)が被控訴会社の常務取締役であること、右広文が昭和四五年一月五日頃控訴人事務所を訪ね、「被控訴会社が繁華街に五〇坪位の土地を欲しい。」旨話したこと、同年一月二八日控訴人が広文を本件土地建物の所在する現地へ案内し、その価格が二、〇〇〇万円位であると説明したこと、本件土地建物が訴外住友石炭鉱業株式会社(以下住友石炭という。)の所有であつたこと、被控訴会社が同年三月四日住友石炭から本件土地建物を代金一、九六〇万円で買い受ける旨の契約を控訴人を除外して締結したこと(右契約を以下本件売買契約という。)は、いずれも当事者間に争いがない。

二、そこでまず、控訴人と被控訴会社との間に控訴人主張のごとき仲介契約が成立したか否かについて検討する。

(一)  前記争いのない事実に、<証拠>によると、次の事実が認められる。

(1)  広文は、被控訴会社の代表権を有しない取締役であつて、被控訴会社においては同人が常務取締役なる名称を用いることを許容していたものであるが、広文は、被控訴会社において不動産関係の事務を担当する専務取締役菅原広平の実弟であつて、昭和四五年一、二月頃被控訴会社の同一事務所内において執務していた。

(2)  被控訴会社は、かねてより仙台市内の繁華街において五〇坪位の土地を必要としていたので、昭和四四年一一月頃右のような土地の買受方斡旋を訴外第一宅建株式会社(代表者猪股勲)に依頼していた。猪股は右依頼に基き仙台市立町広瀬通り角の土地を探知して被控訴会社に紹介し、土地所有者と交渉を重ね、ほぼまとまるかのように見えたが、同年一二月二五、六日頃にいたり右土地所有者が売らないと言い出し、昭和四五年一月中旬頃には右交渉は不成立に確定した。

(3)  広文は、昭和四五年一月五日控訴人事務所を訪れ、控訴人が不在であつたためその妻幹子に対し、自己において必要とする宅地の買受方斡旋を依頼するとともに、控訴人が宅地建物取引業者であることの認識のもとに、被控訴会社の常務取締役たる地位名称を示し、被控訴会社のために、二、〇〇〇万円位の予算で、仙台市の繁華街(東一番丁から国分町にかけて)の五〇坪位の土地(下を飲食店、上を事務所とするビルを建築できるような場所)の買受方旋斡をして欲しい旨申し入れた。

これより先昭和四四年一二月頃、控訴人は同業者の会合の席で、田口不動産こと訴外田口福三郎から住友石炭から売却方斡旋依頼を受けていたものを紹介されていたので、本件土地建物が売りに出ていることを知つていた。そこで控訴人の妻は広文に対し右希望条件にふさわしい物件として本件土地建物がある旨を説明し、控訴人帰宅後右申入の趣旨を伝えた。

(4)  そこで控訴人はその後数回広文に対し電話連絡をしたが、同人が旅行中のため通じなかつたところ、昭和四五年一月二八日広文から電話で物件を見たい旨の連絡があつたので、同日直ちに広文を同行して本件現場を案内したうえ、その所有者および売値(二、〇〇〇万円)を伝えた。これに対し広文は、値も安く、良い場所である、帰社して社長と相談したい旨話していた(広文は、その当時常務取締役として被控訴会社が右のような土地を探していることおよび猪股の斡旋が不調となつたことを知つており、従つて広文の右のような言動は被控訴会社の意を体してなされたものと推察できる。)。

次いで控訴人は、広文が被控訴会社の常務取締役であることから買受方旋斡依頼につき権限があるものと信じ、右斡旋の交渉を進めるべく、田口に連絡したうえ、本件土地の図面を入手し、さらに登記簿謄本をも準備して広文に連絡したが、広文からは何の音沙汰もなく、他面右依頼をとりやめる旨の連絡もなかつた。

(5)  他方、同年二月に入り、猪股は菅原広平から、本件土地建物を指示し、仲介の報酬も含めて二、〇〇〇万円で買受方斡旋を依頼された。その際菅原広平は、本件土地建物を探知した情報源として、広文の経営するバーのバーテンが客からききこんだものである旨の説明をしていた。しかし、右情報は控訴人から紹介を受けて知つていた広文から得たものとみられる(すなわち、広文と菅原広平とは前述の如き地位、身分関係にあること、広平が猪股に本件土地建物を指示して買受方斡旋の依頼をした直前の時点において常務取締役である広文が控訴人から本件土地建物の現場案内を受けていること、また右のような情報源に関する説明はそれ自体極めて信用性の低いものであることなどを考慮するとき、本件土地建物に関する情報は被控訴会社としては広文を通じて控訴人から得たものと推認するのを相当とする。)。

(6)  そこで猪股は早速住友石炭仙台支店に赴き、支店長と数回交渉を重ねた結果、一、九六〇万円で売り渡すことの承諾を得、同年三月四日猪股立会のもとに本件売買契約が成立して右代金の授受がなされ、そして被控訴会社は第一宅建株式会社に対し仲介の報酬として四〇万円(売買代金と合わせると二、〇〇〇万円となる。)を支払つた。

(7)  ところで、本件土地建物はもともと住友石炭から田口福三郎に売却方依頼された物件であつた関係上右支店長の連絡により本件売買契約成立の事実を知つた田口が猪股に対し、前記報酬金の分配を請求した結果、猪股は一八万円を田口に支払うことで話合がつき、その後右金員を田口に支払つた。

(8)  同年四月に入り控訴人はたまたま他から物件の仲介を依頼され、本件土地建物が売れたかどうかを田口に照会したところ、前記(6)の事実が判明した。

以上の事実が認められ、原審証人菅原広文(第一、二回)、原審および当審証人菅原広平、同猪股勲の各証言中右認定に反する部分はたやすく措信しがたい。

(二)  ところで、一般に依頼者(買受を希望する者)が宅地建物取引業者に対し不動産買受の仲介を依頼する場合にも、依頼の端緒、内容において各種の態様が存在する。これを大別すると(A)売主の依頼に基き業者の側から特定の物件の買受を申し入れ、依頼者がこれに応じて業者に仲介を依頼する場合と、(B)これと反対に、依頼者の側から業者に対してある物件の買受方仲介を依頼する場合とがあり、(B)の場合においても、(イ)依頼者が当初から特定の物件を指示してその売買の成立の仲介(価格、代金支払方法の折衝等がこれに随伴することが多い。)を依頼する場合と、(ロ)依頼者は自己の希望する条件(場所、広さ、価格等)を示し、これに適合する物件の探知、紹介、調査、価格の折衝、契約の締結の仲介を依頼する場合とがありうる。そして右各場合によつてそれぞれ仲介契約成立の時期も自ら異るわけであるが、最も頻繁に行われている(ロ)の場合における、依頼者の依頼の内容は、特定の物件を指示してなすものではなく、自己の希望条件を示し、これに適合する未だ特定されていない物件についての買受方斡旋であるから、特段の事情のない限り、依頼者がその希望条件を示してその買受方斡旋の依頼(これが申込となる。)をなし、これに対し業者が承諾を与えたときに仲介契約が成立するものとみるべく、業者が希望条件に適合する特定の物件を探知して依頼者に紹介し、依頼者が当該物件につき改めて買受方斡旋の意思を表明したときにはじめて仲介契約が成立するものとみるのは相当でない(この場合において、依頼者が探知紹介された物件の買受を希望しないときは仲介契約の解除とみるべく、業者はいかに探知、紹介、交渉に尽力しても売買契約が成立しない以上報酬請求権を有しない。)。

右のような観点から本件をみるに、前記(一)(1)および同(3)の事実によれば、被控訴会社は商法二六二条により広文のなした買受方斡旋依頼の行為につきその責に任ずべきものであるところ、前記認定の事実によると、広文は控訴人が宅地建物取引業者であることの認識のもとに、控訴人事務所において控訴人の妻に対し、その用途、場所、広さ、価格等の希望条件を示してこれに適合する物件の探知および買受方斡旋を依頼したのであるからこれをもつて仲介契約の申込とみるべく、また控訴人が、これに応じて本件土地建物が売りに出されていることおよびその価格を告知したうえ本件現場の案内をしたのであるから、遅くともその時点までに被控訴会社と控訴人との間に広文の示した希望条件に適合する不動産についての仲介契約が成立したものというべきである。従つて控訴人のなした現場案内は右仲介契約に基く履行とみるべきものである。

三、次に、右仲介契約と本件売買契約の成立との間に因果関係が存在するか否かについて判断するに、前記認定の事実によると、本件売買契約は菅原広平から仲介依頼を受けた猪股において相手方と交渉し、その尽力により成立したものであるけれども、そもそもその端緒は、広文が仲介契約の履行として控訴人から紹介を受けて本件土地建物が売りに出ていることを知り、これを広平に告知したことにあり、その結果被控訴会社としてはその希望に適合するものとして本件土地建物を指示してその買受方斡旋を猪股に依頼するにいたつたものであるから、本件売買契約は右のような控訴人による物件の紹介が機縁となつて成立したものというべきである。してみると、右仲介契約と本件売買契約の成立との間に因果関係の存することは明らかである。

四、ところで、右仲介契約において報酬の定めのないことは控訴人の自認するところであるが、前記認定の事実によると、控訴人は宅地建物取引の仲介を業とする商人であり、前記仲介契約に基く物件の告知、現場案内等の行為はその営業の範囲内に属することであるから、右仲介契約と本件売買契約との間に困果関係が存する以上、他人である被控訴会社のためになされた右行為につき控訴人は被控訴会社に対し商法五一二条により相当の報酬を請求しうるものというべきである。

よつてその額について検討するに、一個の売買に数人の仲介業者が関与しているときは、各業者の尽力の程度と貢献の度合によつてその報酬を按分すべきものと解すべきところ、<証拠>によると、改正前の宅地建物取引業法一七条に基く報酬最高限度額は、宮城県においては、取引額一〇〇万円までの分につき五%、一〇〇万円をこえ三〇〇万円までの分につき四%、三〇〇万円をこえる部分につき三%であり、従つて本件取引について買主が負担すべき報酬の最高額は六二万八、〇〇〇円であることが認められる。そして前記認定の事実によると、本件取引の過程においては、相手方との売買の交渉、価格の折衝、契約の締結、代金の授受の立会等の重要な部分は猪股において行つていること、控訴人としては、被控訴会社の希望条件を聴取したうえ、たまたま田口から紹介されていた本件土地建物を被控訴会社へ紹介して現場案内をなし、その後必要な図面、登記簿謄本を準備しただけで、相手方との交渉、契約の締結には関与していないこと、しかし、不動産につき仲介により売買が成立した場合買受人に対する物件の紹介は、その業者が直接契約の締結に関与しなかつたときでも契約成立の機縁をなすものであるから、不動産取引における重要な要素を占めるものであること、しかも本件において被控訴会社は控訴人との間の仲介契約を解除しないまま、他の業者の仲介により控訴人からの紹介物件につき売買契約を成立させたこと、被控訴会社は第一宅建に対し報酬として既に四〇万円を支払つていることがうかがわれ、その他本件にあらわれた諸般の事情を考慮するとき、控訴人が被控訴会社から受けるべき報酬は前記最高額のほぼ三分の一に相当する二一万円をもつて相当と認める。

五、以上の次第で、被控訴会社は控訴人に対し右二一万円および本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四五年五月九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を有する。従つて、控訴人の本訴請求は右の限度において正当としてこれを認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。

よつて、右と一部趣旨を異にする原判決を主文第一項のように変更し、民訴法三八四条、三八六条、九六条、八九条、九二条本文、一九六条を各適用し、なお、仮執行免脱宣言は不相当と認めこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(佐藤幸太郎 田坂友男 佐々木泉)

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